だせぇ肩だせぇ!

肩出して歩け、おらーとかいうんじゃなくて、肩がいかれぽんちき。

寒いし暗いし忙しいしで、肩がこるのは仕方ないんだけど、朝ジョグ終えて普通に仕事してたら、いきなりっすよ、これで3週間過ぎた。治ったかなぁと思えば走り出すから、またどっかしら悪くなる。んでとうとう昨日は仕事ができなくなるくらい痛くなっちゃって、医者にいったさ。

看護婦さんが、おもむろに、薬をあげるわといって飲み薬をくれたんだけど、筋肉を緩める薬で、眠くなるから飲んでゆっくりしてなさいと。
帰ってきてポチ袋みたいなのを開けてみると、その中にどばどば裸のまま薬が入ってた。その見かけたるや、MDMAみたいで、飲んだらドラムの音に虹色が発色しそうだった。でも発色しなかった。思いっきりダウナー。

それにしても、最近は良くジョギングしてた。朝40分程度会社についてから、夜1時間半程度と。やや、体重はほとんど減ってくれないが、太陽が少なくて眠りにつきたがる体が起きてよい感じ。朝会社に来て誰にも話しかけたくなくても、ジョグから帰ってくると、なんか話す気力になるというものだ。

おまけにどういうわけか、今年は暖かく、最近の気温は0度前後、低くてもマイナス10度ってな感じで、体が慣れているとそれほど辛くないのだよ。

ようやっと、雪がとけにくくなって、ジョギングしてても、そりとかクロカンとか、たまにはスノボとかいろんな人たちと並走する。クロカン楽しそうだよな。さすがノルディックな人たちで、狭い道を人をよけながらすいすいと歩いていく。私はといえば、だらだら走りつづけて、速ければ、歩いている人の倍くらいのスピードで流せるときもでてきた。わーい。

寒くなってから、いきなり走っても、全く持って心肺機能がついてこなくて、すぐに心臓がばくばくして足が止まってしまう。のろっちい私を追い抜くも、その先ののぼりで捕まって逃げてくにわかジョガー多数。心臓発作おこすから、ほどほどにしてほしい。頼むから目の前で倒れないでくれ。

で、体の変化なんだけど、私は長い距離を走るのが本当に苦手だったので、それに必要な筋肉がなかったと思う。太ももなんかは、実際のサイズダウンよりも、バランスよくしまってきた。どんな体重でもプヨプヨしてたので、体質だと思ってたけど、違うらしい。それと横っ腹の筋肉が少し張ってきたような感じ。まぁ若くもないから、やたら食事制限して無理やり落としても、リバウンドとか、肌がさがさってなったら、目もあてられなくなりそうなんで、いまのままちょっと続けてみようと思ってる。

肩治れ!
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# by yahji_sali83 | 2008-01-29 15:34 | 過去(北欧時代)

ピアノ原点へやはり帰る

うちのCLP280がフル稼働の季節であるのです。とりあえず年末までに、モーツァルトの簡単なソナタ(小学生時代に弾いてた)を暗譜したとこでいったん休憩。
そーなのよ、気づいたのよ。自己流とはいえ、まともに楽曲を弾くにはツェルニーとバッハが必要なんだ。というわけで、今まで時々ランダムに弾いていたツェルニー30番を見てみる。やっぱし面白くない。こんなの極めるなんてプロとオタクだけで十分だろう。だいたい30番は、4回、40番は3回と、先生が変わるたびにやりなおしさせられて、苦痛だった思いだけが残り、曲なんてほとんど思い出せない。んで、一回しかやっていないのは50番だったから、こいつをチョイス。本当は40番をじっくりやり直すのが正解だと思うんだけど、とりあえず50番をゆっくり弾けるようにしてから、40番に戻ったりしようかなぁと。そういうわけで目標速度は、指定速度の6割から7割くらい。で、のらりくらりと練習始めた。

次にこれまた大嫌いなバッハ。平均律を探したけど、楽譜がないらしい・・・あれ?一巻もってなかったっけ?グノーのアベマリアの元になった曲が最初に載ってるやつ。ああ、ないや、もしかしてコピーさせてもらってたのかなぁ?で、残るはフランス組曲イギリス組曲とインベンション、それにシンフォニアだ。シンフォニアをチェックしてみると、あれー練習した形跡がないぞー。ああ、そっか、すぐにフランス組曲やってからスカルラッティのソナタ1冊やったんだっけ?フランス組曲の楽譜の裏に、先生がスカルラッティを買って来いと書いたメモが残ってる。まーとりあえず初見ごっことインベンションを弾いてみると、まぁそれなりにつっかえながらも弾ける。と、シンフォニアは・・・和声が取りにくいなぁ。そんなわけでシンフォニアをとりあえずやってから、平均律を買うことにする。そういえば、ちょっとまえバロック音楽の練習をちょこっとしてみたら、クープランの4声の組曲が弾けなかったんだよ。それに、和声の鳴らし方とかすっかり忘れてた。だから、3声からやり直すのは妥当ってな感じ。これもプレリュードとフーガから成ってるのかな?フーガは曲調でわかるんだけど、なんせ、まともに理論を勉強しないで、曲をやっつけることばかりしてきたので、さっぱりわからん。先生は時々コメントしてくれてたんだけどなぁ。

んで、バッハなんだけど、幾何学的っていうか、エンジニアの私としては、プログラムっぽさを直感で感じる。楽しいとかじゃなくて、面白い。和音も不協和音ぎりぎりのところで切れたりして、音がにごらないようになってたり、かならず一定のルールがあったりして、メカニカルな印象が強いわけさ。こんなの子供のころに理解できるわけなかろーて、と思ったりした。同じ曲でも、和声の取り方、響かせ方で、少なくとも弾いている本人には違いがわかる漢のゴールドブレンド。ただ、電子ピアノだと、響きとかいろんなところで限界があるから、そこはクラビコードやチャーチオルガンモードにしてみると、意外なところからメロディが沸いてきて、たくさんのことに気づかされるって寸法だ。職人ぽい音楽でしょ。この辺、音楽理論をやると、めちゃくちゃ科学的に解明されていて、すかっとするらしい。

ツェルニーやバッハをしつこく練習して、ショパンなんかにのぞむと、自分の手が一回りでかくなって、手首がやわらかくなって、指の力が強くなったような感覚が来る。そうすると、ちいさな音でも、クリアに演奏できるようになってくる・・・ような気がする。

こんなこと言ってると、所詮電子ピアノで何ができる?なんて突込みが入りそうだけど、私はいま持っているものでできる限りのことをするだけですとしか答えようがない。近くの図書館で、ヘボいグランドピアノを弾かしてもらえるみたいだから、そのうち行ってみようかと思ってるけど。ま、そおゆうことを言い出すときりがなくて、たとえば厳密に言うと、演奏者になるんだったら、まともなグランドピアノで練習してないと意味がない。アップライトとグランドだと、第一にピアノの機構が違う。倍音の響き、ペダリングの繊細さ等言い出すときりがない。極めつけは、弱音ペダルで、これ、安物のアップライトだと、フェルトが降りてきて音を消すという機構になっている。本当は、3弦あるうちの2弦だけを抑えるようにハンマーがずれるのだけれども。そゆわけで、子供のころ、血迷ってピアニストになりたいと思った時には、他のまじめに練習している子たち同様、すでにアップライトに限界は感じてた。だって先生とこのグランドとぜんぜん違うんだもの、反応が。

でも、たまーに実家に帰ってアップライトを弾くと、なんか音がまろやかで自由度が大きいなぁと思っちゃうわけ。電子ピアノは、なんとなくタッチや鍵盤の位置を覚えておくには十分だけど、ピアノの代わりにはならんのだなぁと。なんていうか、表現の自由度は低いのに、やたらと高級な音がひびきすぎるというか。ま、へたくそな素人が弾くにはスペックとしては十分だけどね。キモい倍音が鳴ってくれるし。それと、音がクリアーだから、初期のピアノがしょぼかった時代のバロックとか古典とかには向いてるかも。

私がエンジニアじゃなかったら、余計な音色はいらんから、ピアノとしての質を上げてクレー!と叫びたいとこなんだけど、今はなんでもオンボードにするほうが安上がりで省スペース。昔のパソコンはジャンク屋から使えそうなパーツを拾ってくるのが楽しかったのじゃがのう、と言ってみたりして。
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# by yahji_sali83 | 2008-01-11 14:56 | 過去(北欧時代)

寒さ爆走

あい、あけましておめでとございます。
年が明けたとたんめっちゃ寒くなったフィンランドからっす。

今年こそは云々みたいな目標が、飽きもせず毎年繰り返される、それならまだまだましなんだけど、なんだか今年は明けた気がしなくて、目標とか言われてもアハハーン?ゥウォアット?とBBCばりのイギリス英語で答えたくなっちゃうていうくらい何もない。

特に、仕事とか勉強の目標とかになると、とたんになにーも考えたくなくなり、脳がストッペ(stop it)!と命令しやがるもんだからてやんでぇべらんめぇ。つか今まで何回か書いてきたけれど、私の中で絶対とか思っていたことがガランゴロンと崩れまくったフィンランド生活なもんだから、なんかもうそこから瓦礫を取り除いてもっかいおうちを組み立てるような感覚で、精神的大震災の後の祭り・・・じゃ困っちゃうから、復興中なわけで、ああしよこおしよといちいち考えている暇はなく、宵越しの金がねぇよ。

最近の自分は、たがが外れたというか、こうしなきゃとかああしなきゃとか、そういうものがだいぶなくなって、周りの意見を聞こうにも周りがいないもんだから、自分で考え、勝手に行動するってゆーようになって、まじでなんかもう人生ってどうにでもなるし、いままでソフトやってきたからこれからもエンジニアーとか、アーキテクトデザイナーめざすーとかそういう風には考えられなくなった。てゆーか元々、興味をもったエサにはばっくり食いつく性格で、それまで持ってたものなんか昨日まで枕元においてあったにもかかわらず、ぽいぽい捨てられてしまうように、ますますなってきちゃって、そんな自分がまたわからなくなってる。

自分の生きるということに対する貪欲さとずうずうしさにただただあきれ果てるばかりだ。なんていうか、もうちょっとまともな社会人にならねばー。
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# by yahji_sali83 | 2008-01-02 15:39 | 過去(北欧時代)

クリスマス宴後

クリスマスってーのは西洋じゃ家族の日。

24日はチキンでも焼いて食おうかと思ってたが、お友達になってくれたフランス人とオランダ人の夫婦のおうちでパーテー。小さいお子さん、オランダ人のお父さんお母さんなどなど合計7人での楽しいクリスマスイブとなった。犬と猫もいたし、赤ちゃんはいるわで、バブバブワンワンニャーニャーに加えて、英語、フランス語、オランダ語、日本語が飛び交うめちゃくちゃな日で、いったい赤ちゃんは何語を話し出すのだろうと、余計なことを考えてみたり。

さてさて、クリスマスはなにかとでっかい肉が売れまくり、買いまくる季節。それが終わったあと何が楽しみかっていうと、大量の臓器と骨。東アジア人にとっては神の恵みだ。
牛の骨髄やレバーなど、これが100グラム30セントくらいで売られてるのよ。こうなったら韓国系焼肉やるしかないっしょ。コムタンスープ作るしかないっしょ。

肉のいわゆる危険部位にあたるところなんだけど、北欧ってーのは海外から基本的に肉は輸入してないようなのだ、詳しく調べてないのでソースはないのだけれど。肉の輸出入で厳しいのはアイスランド。特に牛は輸入は認められておらず、100%国内産なんだそうだ。フィンランドでも、大概のものはEUの規定で定められているのか、原産国が書かれているのだけれども、肉はほとんどフィンランドで生産されたものだ。牛肉は若干スウェーデン産のものをみかけたことがある。チーズはヨーロッパ各国から輸入しているようだけれども。

車で移動中、それほど大量の牛をみかけることは少ないのだけれども、秋口になると、そこここで北海道名物ビニール巻草(サイレージ)がぼこぼこ置いてあるところを見ると、相当牛を飼っているってことは想像にかたくないよねん。

で、この時期、何が困るかって言うと、新鮮な野菜。クリスマスシーズンが到来すると、どうも流通業などがストップしちまうらしく、新鮮な葉物が極端に少なくなる。いつでもどこでも手に入るトマトでさえ、きちんと確認しないと、カビがヘタのところにびっしりって感じだ。
今年はどうも、白菜の出来が良かったらしく、特にフィンランド産のものはすっごーく甘みがあっておいしいのだけれど、それでさえも品薄。
で、どーやってビタミンとかミネラルを摂るかっていうと、かくなる上は上様とてかまわん、切捨てい・・・っていうか、肉の内臓とかで補給するのが一番賢いかなぁと思うわけだ。

だんだん生活に慣れて、たくさんの食材にチャレンジしていくとだ、結構日本人が大好きな食べ物が作れる。それも西洋人の多くがゴミにして捨てちゃうか、ちょっとしか食べないような部位を私たちはガンガン使いまくって上手に調理する方法を知ってる。調味料はしょうゆはいつもどこでも手に入るからね。で、最近ものの本で読んだんだけれども、こんな北の端っこにまでしょうゆが売られているのは、日本食ブームだから??とか思ってたんだけど違うらしい。シルクロード時代にせっせと中国あたりから運ばれて、トルコやフランス料理のソースの隠し味に使われていたそうな。

だったら、キッコーマンばっかりじゃなくて他のメーカーのもおいてくれればいいのになぁ。キッコーマンは確かオランダに拠点があるんだっけな。すげーグローバルな企業だよ、うん。時々味が、日本のと違うって言う人がいるけど、大豆を使った普通のしょうゆにかわりないけどな。まぁ、日本にすんでいたら、買わないようなクオリティだけど。
それと、オーガニックショップにたまりしょうゆと称して売っている奴は、偽物も偽物。ただのしょうゆっす。ついでに白味噌と称して売ってる奴も、ただの味噌。京都の白味噌、あのこしあんにまぜて美味かったり、関西の正月の雑煮にかかせないあまーい味噌とは違う。

今晩は臓物と骨で元気をつけるぜ。ハンニバリズムいや違ごーた、カニバリズム万歳!(いやそりゃ犯罪)
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# by yahji_sali83 | 2007-12-28 19:08 | 過去(北欧時代)

ぐるぐるぐる、ぐるてんっふりー!

いわゆる小麦アレルギーであるのだ。

や、先週まじでフランス人に日本食を紹介した。目の前で作りつつ、すばらしい語学力で解説するという、拷問つきだ。
とりあえず、仕事の合間にレシピをちゃちゃっとメモしていざとなったら読み返してもらおうと思った。
作ったのは
肉じゃが、とりのたつたあげ、カニミートの卵と味噌マヨあえ、いりおから、くずもち。
最初に一番だしとかそういうのは無視して、簡単なスープの取り方も書いておいた。メモを最後にてんぷしておく。もし外人に飯を作る機会があったら、参考にでもしてくれたまえよ、ニンニン。

肉じゃがは、料理のできない女の子が初めて彼氏に作る定番料理ってことで、これも宗教色が強いからどーしようかと思ったけど、豚肉と、最初にいためる方法をチョイス。

竜田揚げは、小麦粉じゃなくて片栗粉を使うのでえらんだ。ここでjauhoというのは多分英語でflourで、粉のことね。

味噌マヨカニミートは、最初かにぼうでつくろうと思ったけど、グルテンが入っているから食べられないと言われて、速攻で交換。で、味噌ってのは西洋人はどうも、スープにしか使えないと思い込んでるらしいと踏んで、マヨネーズなんかとも合うんだぞってわけで紹介してみた。Purjoというのは長ネギ、英語わかんない。

炒りおからは、これ、おからがないから、その辺で売ってるダイエット食用の、大豆を乾燥してチップ状にしたやつを使う。意外と使える。肉の変わりにミートソースに入れているのをみて、ウゲと思ったけど、これならベジタリアンの子にも作ってあげられると好評だった。ふふふ。それ、私の狙い通り。

葛餅は、本当は10%ほど小麦粉を混ぜたほうが、しまった生地になるんだけど、かたくり粉とくず粉だけだと、わらびもちに近い食感になる。葛は、ケンコウブームってことで、なぜかオーガニックショップで売られている。黄な粉は、本当は炒り大豆をすりつぶしたものなんだけど、パン用の粉大豆を買ってきて、じっくりフライパンで乾炒りすれば同じようなものができる。ちょっと粒子が細かすぎるのが難点。

ま、今回はこんなもんでいいでしょう。次があるのか?ちなみに、みなさん良く食べてくれた。だんなさんはオランダ人。

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Basic broth for Japanese food (Dashi)

Konbu broth:
Put Konbu into water for 1 night.

Fish broth:
Remove fish head and organs (bitter taste part) from dried fish and put into water for 1 night.

Shiitake broth:
Put Dried shiitake into water for 30 mins.

Quick recepe:
Boil the material for 15 minutes makes enough soup for normal cooking.
Every material can be recycled for cooking if you want.

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Chicken tatsuta (Japanese fried chicken):

1 Chicken
2 Soy source
3 Minced ginger
4 Mirin or Suger or both

5 Peruna jauho

Slice chicken in 5 to 1 cm thick.
Put 1 to 4 into bowl and wait for at least 15 mins.
Remove chicken from bowl and wipe with kitchen paper.
Put chicken and peruna jauho into a plastic bag and mix so that chicken gets jauho on the surface.
Heat pan and put vegetable oil (180 degree c). Basically deep fry.
Cook chicken until the surface gets brown.
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Niku jaga (Meat and Potato)
(Basic food for Japanese girl who invites her boy friend to her house for the first time.)

1 Potato (plus carrot and common bean if you like)
2 Onion
3 Pork or Beef (depends on the region)
4 Sesami oil
5 Shiitake (steeped into water one is better)
6 Shiitake broth (if you have)
7 Konbu broth
8 Mirin
9 Soy source
10 Sesami (grinded)
11 Suger

Cut Potate into pieces.
Slice Onion.
Slice Meat (a bit thin and small).
Heat pan (170 to 180 degree c) and put Sesami oil.
Cook Meat until the surfice turns brown.
Put Potato (carrot and bean) so that every material gets oil.
Pour broth until it covers all materials and put shiitake and onion.
Put mirin, soysource, suger and mirin into pan.
Decrease pan's temperature so that it makes minimum boiling air bubble.
Put kitchen paper on the pan so that it is cooked quickly (tips).
20 mins late, it should be eatable.

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Kani mayo (crub meat and mayonnaise).
(Japanised recepe using mayonnaise)

1 Crub meat or Surimi (surimi is more general for original poor Japanese surimi is fake crub for us)
2 Eggs
3 Purjo
4 Flower oil or sesami oil
5 Mayonnaise
6 Miso
7 Pepper

Cut Purjo into small pieces.
Beat eggs then put purjo and Crub meat or Surimi.
Heat pan and put oil.
Cook eggs and purjo.
Put 5.6.7 and mix like scrumbled eggs.

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Iri okara (roasted soya rouhe with konbu)
(Okara is a kind of rubbish when tofu is made, as there is no okara in Finland, soya rouhe can be used.)

1 Steeped Konbu or Hijiki
2 Steeped soya rouhe
3 Soy source, mirin and suger

Squeese water from soya rouhe and roast.
Put every other materials into pan.

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Miso soup

1 Konbu or fish broth
2 Sipuli, wakame etc every thing can be cooked.
3 Miso

Boil broth then put 2.
Put miso and melt.
It is good to miso in the last not to miss the smell of miso and if possible, stop the gas before boiling again.

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Kuzu mochi (a kind of cake similar to mochi rice cake)

1 Kinako (roasted soya jauho until it turns brown)
2 Kuzu (jauho from Kuzu plant route sold in luomu shop) 40g
3 Peruna jauho 50g
4 Dark suger source (50g dark suger and 30g water them boil it until it gets texture like caramel. Do not burnt)
5 Water water 230g

Put Kuzu into a pan mix with 1/3 water of 5 until it melts.
Put peruna jauho and all water and mix it.
Heat the pan with low temperature.
After there appears some small cluster, remove it from gas.
And mix it so that the cluster scatters.
Boil water in deep pan.
Put Kuzu liquid into pound cake case.
Put the case into boiling water and put a cover so that it can be steamed.
After 20 mins, remove Kuzu mochi from case by putting the case into cold water.
Cut and serve with kinako and dark suger source.
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# by yahji_sali83 | 2007-12-21 21:13 | 過去(北欧時代)

買う幸せ作る喜び

正直言って、自分の中で良く整理のつかないことがある。
満足感ってどうやって得ているのかなーってこと。

私はいわゆる団塊ジュニアってやつで、物、サービス、全て良いものは自分で稼いだ金で買って買って買いまくる・・・っていう生き方をごく普通に周りから学んできた世代だ。といっても、うちの両親の名誉のために書いておくけど、決してゴージャスな生活をしてたわけではなく、たまにおいしい肉を買うとか、それなりのブランドの洋服がバーゲンで安いからたくさん買っちゃったーとかそんなごくごく普通の生活レベルだったけど。やや、ブランドといってもシャネルとかグッチとかそういうのじゃなくて、日本で縫製されたシャツはやっぱりいいわーというレベル。

んでさ、あるときダンナが言うのよ。
「ここっていいものはひとつもないよね、何も買えない、サービスも受けられない。」
それはいつも私がぐちぐちと飽きもせず愚痴っていることなんだけど、人に改めて言われてみると、なんとなく考えてしまう。

「んー、だけどたまねぎはいつもやわらかくて甘いし、ジャガイモはねっとりコクがある。にんじんだって昔の畑で取れたくさーいにおいがする。粉類は精製しすぎず、ありとあらゆる種類のものが普通のスーパーで手に入る。食材に関しては東京で暮らすよりはよっぽどいいものが手に入るんだよね。ああ、スパイスは安いね。」

「確かにね。税金は高いし、衣料品は安くて高い、食費だって高い。だけどMRIとか診察費は、会社が持ってくれたり保険が出るから払わなくていいんだよな。」

「医療は、プライベートのお医者さんに行ったほうがいいサービスが受けられるみたいだけどね。ま、日々の生活に関しては、素材は揃っているから、いいと思うものは自分で作り出せっちゅーことですわ(洋服はあきらめるとして)。」

そゆわけで、食事は自分でなんとかうまいものを作る、これが基本。パンはお店で買っても十分おいしいんだけど、こっちじゃ時間がたくさんあるから、自分で作って焼き立てを食べるのが一番おいしい。こっちに来た当時は、自分でパンを作るなんて考えられなかったけど。ダンナが買った天然酵母のパンの本、長い間本棚で寝ていたけれども、ここ1ヶ月大活躍、自家製酵母でパンを土日に焼いている。

私の使っている酵母は2種類で、ひとつはレーズンからとったもの、もうひとつはバターミルクとライ麦で作ったもの。レーズンから作る酵母は、本を見てほぼそのとおりにやっている。ライ麦の方は、ライ麦にバターミルクをまぜておいておくだけ。時々リフレッシュしてやるだけで、勝手に酵母になってくれる。

バターミルクってのは、バターたっぷりの牛乳・・・じゃなくて、バターを作るときに浮いてくる水分と乳清で出来ている。こちらでは、piiimaって名前で牛乳パックに入って売られている。乳酸菌には種類がたくさんあるんだけれども、その中から使われている乳酸菌の種類がパックに書いてある。AとかABとかだ。味の違いはよくわからんが、それにお約束の脂肪何パーセントみたいなのが書いてある。私は1%と書いてあるやつがお気に入り。味は、ヨーグルトの薄くてできそこないみたいな感じ。多分ヨーグルトでも同じような酵母ができると思うけど、piimaの方が、味がまろやかで好きだ。日本では一般向けにはあまり売られていないみたいっすね。スタバなんかにはpiimaで作ったお菓子がおいてあるみたいだけど。これ、製菓業界では常識のアイテムで、パウンドケーキなどに使うと、ふんわりしてなかなかいいんだぞ。

そんで、パン作りなんだけど、天然酵母でできたパンは、ずっしりもっちり、しかし出来立ての食感は軽いという不思議なパンが出来上がる。発行時間が、家庭用の1斤サイズで6,7時間くらいかかるので、夜仕込んで朝成型できるなど、結構家庭向きの料理だ。粉がゆっくり分解されていくせいか、かめばかむほど甘いパンで、すごく味わいがある。リーン(食事向きということ)なパンに最高で、これ、岩のりをつけたり、生姜味噌をつけたりしてもめちゃくちゃうまい。

一年前を思い出す。そういえば、砂糖が少ないパンを食べなれないせいか、なんか北欧のパンを見るのが嫌になって、ダンナなんかはせっかく作ったサンドイッチも気持ち悪いといって捨ててたっけなぁ。それが、今は無類のリーンなパン好きに。

私が作れるパンは、カンパーニュと食パン(パンドミ)が基本で、ただいまフランスパンの練習中なんだけど、味はまぁまぁ・・・でも、クープがきれいに開きませんから!2次発酵時間や水の加減やらがとってーも難しくて、クープじゃないところが割れてきたりとか、横にパンが広がってデブバゲットになっちゃったりとか。

だけど、自家製酵母を作るきっかけとなった(ここにもリンクを張ってあるけど)つくばのダビットパンというパン屋さんのパンのように、一応大小さまざまな穴がパンに開いてる。いや、もうほんとあそこのパンは私にとってネ申!長らくフランス人の友達に、日本食の作り方を教えてくれといわれ続け、やんわり断ってきたけど、ごめん、フランス人、あんたはフィンランド人とは舌の解像度が違うよ、教えるよ、ってなわけで今週末料理教室もどきをやる決心がついた。そんなくらい衝撃的な事件だったんだよー。

いやいや、それにしても日本ではパン食が根付かないって理由が分かるよ。GHQが小麦を売りまくるために、給食にパン食をとりいれたって話を聞いたことがあるけど、あのまずいカンパンもどきのコッペパン、いまとなっちゃ懐かしいいい思い出だけど、あんなもん幼少のみぎりより食わされてたらトラウマにもなるわ。それにパン屋やコンビニには菓子パンの多いこと。砂糖、バター、生クリームが生地に入りすぎ。

まだまだパンに関しては日本は、発展途上国根性丸出し。クリーム、甘さ、やわらかさが一番。すこーしずつ変わってきてはいるし、いろいろな食の好みの人がいるからこそ、日本は良いのだけれど、一般論ね。もっと食事パンのおいしさを感じようぜ。ま、土壌や気候にあまり合わないというのはあるかもしれないけれど。

話はずれちまったけど、金で質のいいものが手に入らないってなると、すごーくストレスがたまる。多分私はやっぱり都会の人間で、お金を出して出しただけのものを手に入れて、満足するタイプだ。1年ちょっとの生活で身にしみて分かったよ。そして、それができないってことが私の最大のストレスってこともね。けれども、ないならないで自分で作ってみる、そういう時間の費やし方も学んだ。ぼーっとしてたら何もしないうちに年取って死んでしまう、ゆったりと時間が流れる場所にいればいるほど、そういう焦りばかりが生まれる。

結局私、無駄に走りっぱなし。そんな自分を認めると、少しずつ肩の力が抜けてく。

日本は物があふれすぎてるってしたり顔でいう輩がいっぱいいるけど、私はそういう風に批判する気にはなれない。フィンランドでの暮らしも、日本での暮らしも、どっちも大切で、その土地にあった暮らしがあると思う。私はきっとまた都会に戻るんだろうなということも分かっている。
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# by yahji_sali83 | 2007-12-10 16:07 | 過去(北欧時代)

きらいだったのにすきになったひと

大嫌いだったのに、いきなり好きになるなんてことは、そうそうないんだけど、二人挙げるとしたら、竹中直人とモーツァルトだ。

竹中直人は、映画シャルウィーダンスまでは、きもくてきもくて仕方がなかった。けど、あるときいきなり好きになった。自分でも衝撃的な事件。

次のモーツァルト、ここからが書きたいこと。
子供のころ、やけにソナチネ練習期間を長く感じていた。先生が変わるたびになぜかツェルニー30番や40番とセットでやりなおし。どれもこれも3回以上やったんじゃないかと思う。そんでソナチネが終わるとなぜか、ソナタはモーツァルトから始まる。まぁ理由はいくつかあるんだろうけど、凡庸なガキんちょはこれがお決まりのパターンじゃないかなぁ。
ペダリングが少ない、ツェルニー練習の効果が最大限に発揮されて、先生としても子供の出来不出来が一目瞭然なんだろうなと。
ペダリングが少ないのは当たり前。モーツァルトの時代は、聞くところによると、チェンバロが主流で、ピアノは今とは白黒逆転のピアノフォルテというもので、しかも出来たばっかり。わざわざコンサバな音楽家が使いたがる楽器ではなく、今のピアノと違って、ぶつぶつと音が切れる。だからかなんだか、音を無理やり伸ばすために、トリルが多様。また、左手もふんだんにメロディとして登場。ていうか左と右ほぼ両方きれいに響かせないといけない。
ツェルニーとの関連は、この人はモーツァルトの弟子で、作曲家としての才能はモーツァルトにダメ出しをくらってしまい、練習曲ばっかり1000曲以上作曲し続けたとかいうある意味変人。だから、このツェルニーの練習曲をたんまり練習すれば、モーツァルト特有の指使いとかテクニックは身につくってーわけさ。ていうかそうなんだろう。

でさ、子供にしてみればよ、やっとこさっとこくそつまらないソナチネアルバム2冊終えたってところによ、ツェルニーみたいにぱらぱら指が動いて、さらにかっこよくペダルも使えないようなダサイモーツァルト、大して練習しなくても、楽譜は追えるけど、なんだかキまらないモーツァルト。ストレス溜まるわけっすよ、いや私だけかもしれんけど。

んなもんで、私は、結構モーツァルトのソナタを弾いたという証拠が楽譜のあちこちに残ってるものの、どんな曲をいつ弾いたのかさっぱーり思い出せない、いや思い出せなかった。
ただし、ソナチネアルバムの最後に弾く曲があって、まぁ人によっては最後じゃないんだろうけど、少なくともわたしの経験した先生たちは、その曲を弾くと、もうソナチネは卒業っていうのがあった。それが、モーツァルトのソナタ、ロンドニ長調だ。今でも印象的なのが、その曲を練習したとき、最後に教わった先生が、
「この曲は、プロの演奏家になって、アンコール等で演奏できる立派な曲です、覚えておきなさい。」
と言ったことだった。そのとおり、何べんかデビューしたて、中堅どころのピアニストの演奏を聞きに言った折に、何べんかこの曲をアンコールに弾いているのを聞いたことがある。練習していても、ほかのソナチネアルバムの曲とは、明らかにできばえが違うのが、幼い私にも分かった。ソナチネ卒業と、この喜びいっぱいあふれたニ長調(モーツァルトの時代、ニ長調というのはもっとも喜びを感じる長として、大変重宝されたらしい)のおかげで、この曲だけは、ものすごく印象に残っていて、私の中のモーツァルト唯一のポジティブな思い出だ。

一ヶ月くらい前に、ふっと思い出して、これを演奏してみた。わたしの思っていたモーツァルトとちょっと印象が違ってた。ただただ明るいだけの曲だと思っていたのに、なんかそのほかのせつなさとか悲しみとか、とにかく人間の心の声やうつろいが私の心臓のど真ん中につきささってくるような感覚がする・・・なんだろうこれ・・・って感じだった。

実家に帰ったときに、昔先生に教わったはずのK333の一楽章をもう一度やりなおしてみた。曲はよく思い出せないんだけど、なんか、先生に手のひらをひっぱたかれたところとかにくると、そのときの思い出がフラッシュバックする・・・ああ、そうだ、私、この曲ひいたことがあったんだ。んで、いくつか書き込みのある曲をピックアップして弾いてみたけど、やっぱり、最後に教わった先生が教えてくれた曲が一番弾いていて気持ちいい、というか私の完成にハートアタック、じゃぁ心臓発作ってことだけど、なんだ響いてくる。ああ、さすが古典音楽ではそれなりの権威だって写真つきで本に紹介されてた先生だけあるなぁと。

てゆーか、私は、こんなにすばらしい曲を、良くつまんなそうに演奏してたもんだ、なんてもったいないことをしていたんだ。何がショパンだ、何とかスキーだ。モーツァルトのソナタにあるのは、常に人、それも都会。K333はどこかの伯爵夫人に献上したもので、きっと奥さんはダンナの不在中、練習に没頭したに違いない。不在がちの自分のダンナと自分に少し重なる。奥さんがもっと悲しみに沈まないように、だけど感情の豊かさを失わないように、そして音は少ないけれども、歌うように、もしかしたらそういう気持ちを込めてこういった曲を作曲していたのかもしれない。
実際、モーツァルトってーのは弾いてみれば分かるけど、どう考えてもキチガイとしか思えない、それはなぜかという説明はできないけど、ぽこぽこと脈絡なくメロディが流れていて、しかも、彼自身、さいころをふってどのフレーズをつなげようかな・・・とかいいからげんなことをしてたみたいだし、作品の管理ができないものだから、ケッフェルさんというおっさんが一生懸命整理してたみたいだし・・・。と、とかくそのアホっぷりばかりが強調されるし、実際私もそういう印象でモーツァルトに接してきたけど、でもみみざわりがすごくよくって、なんだか知らないけど本当にすばらしい音楽だっていうことは、耳や頭じゃなくて、体が分かる。楽器の演奏経験がなくてもそうでしょ??だから300年も聞かれているのよね。一部の奇特な人間のためだけでなく、喫茶店でも、結婚式でも、どこかで必ず聞いたことあるのよね。それくらい、人になじむんだよ。

そして、今回私が気づいたのは、モーツァルトはきわめて都会的な音楽ってことだ。常に人の会話、多分選択屋の娘を貴族がからかってるんだろうなーとか、ああ貴婦人がくだらない噂話してるーとか、そして曲の中には常に俺様モーツァルトがいる。どこにでもいる。そんな気がする。モーツァルトはとても人間観察に優れていて、優雅だが満たされない、笑いの中に潜む悲しみとかそういうものを全て曲にとりいれたんじゃないだろうか。当時の音楽は、まだまだ宮廷の慰み者で、彼は宮廷の中にはいられるけど、卑しい音楽家という身分、彼らとは一線を画して皮肉を込めて、冷静に観察をし続けたんじゃないだろうか・・・そういう風に感じる。

私は電子ピアノは、リバーブをかけて、コーラスはオフにしてるんだけど、音が適当に途切れるから、モーツァルトを演奏するのに都合がいいってーのもあるんだろうな。
モーツァルトになれると、ショパンですら、音が多すぎてウザい。ていうか、もしグランドピアノで演奏していてもだ、そんな風にわざとらしく倍音が、この程度の演奏テクニックでなるかボケ!ってつっこみたくなる。

しばらく、文章がかけなくなってたけど、それは、ピアノを弾くと、私は全ての自分の内面がそこに表現されてしまうので、ほかの手段で自分を表現できなくなってしまうんだ。それは決して大げさに弾いて、自分に酔いしれるという状態ではなく、ひたすら右と左を別々に練習していてたりしても・・・なんだけど。ダンナが帰ってきて、話をするようになって、やっとまた自分の気持ちが言葉になるようになった。当然しごとでは必要な会話はするけどね。

もーちょっと上手になりたいよな、うん。
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# by yahji_sali83 | 2007-11-30 15:41 | 過去(北欧時代)

こおります、こおってます

日本から帰ってきてあっという間に一週間以上たってやんの、ああはやい。
マイナス5度のフィンランドから。

日本では、腹下しから始まった。

日本について、まず洗礼、SASの飯が消化しない、ううっぷす。30分毎にトイレ。あまりにやばいので、ホテル近くの大学病院へゴーゴゴー。ううう、なんだかとても古いたたずまい。見えなくていいものがみえちまってるっす。土曜日だったので、急患コーナー。ああ、集中治療室が目の前にあるよ。そこの幼いお嬢さん、あなたが笑いかけて遊んでくれてるおじさん、そのーあのー、少なくともこの世に魂はないとお見受けするのですが・・・。おかあさんは、子供が一人遊びしてると思って安心しきってるから、ま、いいか。

お医者さんは、優しい20代後半から30代前半のおにいさん。なんだか原因はよくわからんということで、ビオフェルミンを処方された。あうー、ガスモチンとクラビットじゃねーのかよー。一緒にお医者さん用の薬辞典をぱらぱら見たけど、抗菌剤はいらないかなー、熱でてないみたいだしねー。といわれた。なんか久しぶりの日本語だったので、べらべらしゃべってしまった。お忙しいのにごめんなさい。・・・クラビットー、ガスモチーンと心の中で叫びつつ退散。

次に、実家に帰ってもぜんぜん直らないので、再びお医者さんへ。
繊維質のものは食っちゃいけないと、前のお医者さんと同じことを言われたので食い下がる。
「海草もだめなんですか?」
「んなもんだめだめ、だめに決まってるよ!」
「だってー、水溶性の食物繊維なら大丈夫だと思ったんですよ。」
ここでは、レントゲンをとってもらったんだけど
「さっき何食べた?」
「3時間前におかゆ・・・。」
「おかゆ3時間経っても消化してないねー。」
なんでも、食あたりではないのだけど、疲れとか、飛行機で座りっぱなしとか、そういうのが重なって消化器官能力ナッシングになったらしかった。俺の全ての消化器官が休養してしまった。

で、晴れてガスモチンとクラビットとなんとかっていう下痢止めをもらっておうちに帰された。
いえーい、ガスモチンはとっても優秀な胃薬、クラビットは風邪をこじらせて、肺が曇りかけたときに聞く有効成分です!まじ、数年に一度くるインフルエンザよりも自分的には恐ろしい持病とたたかうにはこれしかないのでーす。(自己判断で、菌が気管支までくるか、肺までくるかというのは、風邪を引いてぶったおれる直前に分かるんです。インフルエンザとの区別もつくよん。だから、なれたお医者さんに向かっては、開口一発、「クラビットくださーい、タミフルくださーい」なんて言ってたもんだ。)
で、クラビットの抗菌作用は、一部の頭のおかしな連中にも好評で、前にどこかのBBSで
「これからアジアに買春ツアーに行きます。病気の予防のためにクラビット売ってください。」
ってな書き込みを見たことがある。そんな予防効果のあるようなもんじゃないとおもうけどー。
ちょっと考えれば、薬って普通は病気をしたときに菌と戦うのを助けてくれるもんでしょ。そんなんで性病予防できるなら、毎日パブロン飲んでりゃ一生風邪知らずなのかよ?
私はこういうバカはこの世から消えてなくなればいいと思っている。

でさー、保険証がないから、すんげー医療費なのよ。診察代は2千円以上、薬も3000円以上。「ジェネリック医薬品ください」なんて流行の台詞もユースレス。

後半は、再び東京へゴーゴゴーして、毎日飲み会、腹下しぶり返す、しかし夜はまた飲むというデキの悪い学生みたいな生活してたけど、しっかり買い物はすませましたからー。

東京は太陽がいっぱいいっぱい高々と照り付けて、気持ちが良かったよ。
こっちはいま、9時半くらいにうっすら明るくなって3時過ぎには真っ暗さ。

ジョギングコースもときどきクロスカントリースキーヤーと併走だい。雪中行軍だい。
もんくあっか?おおありだ!逃げ出してぇ。
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# by yahji_sali83 | 2007-11-28 14:41 | 過去(北欧時代)

生きてるってそんなに苦しいですかぁ?

神奈川に住んでたころ、よくしてもらった床屋さんがいるんだけれども、そこは夫婦で経営している。
なにがあったか良く分からないけれど、突然ダンナさんが欝だかパニック障害だかまあその手の病気にかかって、半年ぐらい経営を休んでた。

復活後は、それまで相手にしていたお客さんだけを、予約のみで承るという形で経営を続けてる。何度か彼らと飲みに行ってるし、3月に日本に帰ったときも、髪を切ってもらって一緒に食事に行ったんだけど、今回はどうしようか迷って会わないことにしようと思ってる。

ダンナさんが、欝になっちゃった原因ってのが、

床屋の修行中に友達と間違えられて、やくざに監禁されてボコられた。前歯とかも折られて大変な目に会った。あるとき突然その人が客になって現れて、相手は気づかなかったみたいだけど、こっちは覚えていて、その記憶がよみがえった。

というものだった。私のダンナは、あるとき
「あれ、嘘じゃね?そんな棒読みのせりふみたいな話、信じられないよな。多分お客さんになにか決定的なこと言われて、ショックになったんじゃない。」
とするどく突っ込んだ。
多分そうなんだと思う。大方医者の勧めで、ストーリーを摩り替えて、本人たちも違うストーリーを信じ込むことによって、立ち直らせようっていう治療方法だと思う。
・・・ま、心理学の初歩の初歩だよな。子供が良く使う手だ。

私のダンナには言わなかったけど、そうね、前歯って言ったのがまずかったね。だって、彼、前歯義歯じゃないもの。

床屋のダンナの方は、他人がいるにもかかわらず、自分で食べ物をよそわないとか、もう眠いから寝たいとか、すき放題言ってた。これも、自分をさらけだしなさいとか言われてわざとやってたのかもしれない。奥さん大変だ、よく逃げないな。

病気を治すため、なんでもかんでも必死にやってみるのはいいと思うさ。でもね、不自然な言動が続くと、誰も信じてくれなくなる。病気ってのは仕方ないし、病気だからできないこともある。だけど、それと、他人に不信感を抱かせるような言動をすると言うことは別だと感じる。

彼らの行動には、いくつかのパターンがあって、まるで聞きかじったり、本で読んだそのままのことを、うわべだけ拾ってまねしてやっているように感じた。

「今まで強い自分を見せすぎていたので、わざと他人の前で、奥さんに甘えるふりをしてみましょう。」
「半年後、一年後したいことを、人の前で口にしてみましょう。」
「少人数で飲みに行って、少しずつ人と話せるようになりましょう。」
「ボランティアに参加してみましょう。」
など、など。

フィンランドに引っ越してきて、最初の半年は、私もダンナもいっぱいいっぱいで、つい
「いやー、ダンナが食欲なくってぇ。」
なんてメールを書いたら
「欝は周りの人の理解が大切です、いたわってあげてくださいね。」
と、お前にいわれたかないわーというメールが。
病院に入院していたころも、大変そうな患者さんの話を聞いてあげてたり、してたみたいだし。
自分の無力感から、他人を助けることで、自己満足したいような、そんな印象。
他人より身内である奥さんを大事にしないといけないのに、そういうことには気づかない。典型的な例だよね。まぁ、目つきも身障者のようにきょときょとしていたし、結構重症なんだろうけどさ。

私は今までストーカーやら変態やらに良く好かれちゃうタイプだったんだけど、それがなんでだか分かってきたんだ。私はいつでも人と正面で向かい合いすぎていたんだ。

人って、自分が思っているほど他人に思いやりはないし、他人の言うこともさほど気にもしない。気分が乗らないときは、無理に付き合う必要もないってわけ。なのにバカ正直になんでも真に受けて、そりゃ自分が疲れて当然だわな。

最近は、負のエネルギーを、全開でばら撒いている人ってーのが見分けられるようになってきた。それは、決して性格が明るくないからとか、いつも人の批判ばかりしているから、というのではなく、常に自分と見比べて、自分より不幸な人を探しているタイプの人のことを指してる。

こういう人と付き合うと、自分のエネルギーが根こそぎ持っていかれるので、少し距離を置いてもいいんじゃないかと。物理的な距離が遠くなった分、客観的にそういうことが見えるようになって、自分に何が必要で何がいらないかっていうことを、積極的に取捨選択していく能力が、最近身についてきたように感じる。

だけどね、こういうことって子供のころからできる人はできて当然のことみたいだ。
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# by yahji_sali83 | 2007-10-23 14:22 | 過去(北欧時代)

そうだ、ピアノを弾こう

「ラフマニノフってクラシック界のロックだな。」

「ろ、ろっく?ああ、ドラマがあるよね。」

子供のころ、ラフマニノフってなんだかこっぱずかしくて聞く気がおきなかった。てめーは映画のバックグラウンドミュージックでも担当してろってね。

「これ、カヤマユーゾーがでてくるドラマあったよね。」
「えー?CMじゃなかったっけか?」

それにしてもまさにドラマチック、風景がめまぐるしく変わっていく。

「ここさー、絶対お城がでてくるよね。」
「そうそう、小高い丘に。」
「そよぐ風、黄緑色の草、天気は晴れてる。」
「出てくるのは王女様だな。」

でも・・・と彼は続ける。
「なんていうか、寂しいんだよねー。」
「そだねー、思い出を語っているようなイメージだね。」

育った環境も興味も違う二人が、同じ曲を聴きながら、同じようなことを思い浮かべ、同じような感想をのべる。これが名曲の名曲たるゆえんなのか。

しばらく物置になってしまっていた電子ピアノを開けてみる。
ツェルニー、バッハ、ドビュッシー、やっぱり私にはショパンだな。
趣味で弾くのだから、もうインベンション、フーガ、指の練習はしなくていいよね。

・・・だから!ショパンのエチュードを指の練習に使えばいいのよ。
弾きたい曲が弾けて、指もうまく動くようになる。
左手で、奏でるメロディーは、ちょっとしたいたずら心。

エチュードって、練習曲って意味だもの。

暗く、寒い国に来て、いったんクラシックアレルギーになった私に、明るくはないけど、小さなろうそくの火が灯るように、静かに暖かく。
動かない指、回らない手首にもどかしさを覚えつつ、少し大人になった私が、静的な自分の世界にもう一度沈む。
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# by yahji_sali83 | 2007-10-17 14:14 | 過去(北欧時代)